次に「4,神仏によるもの」ですが、この場合、災いではなく「戒(いまし)め」や「霊性開眼」のためのものと、神仏への不敬からくる「罰」があるようです。

たとえば、私の師筋の修行者で、一般の方から龍神のご尊像の魂抜きを依頼され、これくらいは・・と軽い気持ちで引き受けたときのことです。ご尊像を火にくべてお焚き上げしつつ九字を切ったところ、火にはぜた龍神の鱗がその方の眼のすぐ側に飛んできて危うく失明するところだったそうです。そのとき、自身のおごりから法を軽んずる傲慢心を龍神さまがきびしく戒められたものであると直感し、これを機に法への狎れを深く反省し、正しき道へ立ち返ることができたということです。

 

また、災いではありませんが、特定の人物に対して神仏が難病や大難をあたえ、その克服の過程において霊性を開眼されるケース(香園寺再興の前住職、臨済宗 山本玄峰老師、油井真砂尼、他)もまれにあります。

 

神仏への不敬からくる「罰」においては、物忌みやその他の不浄があるにもかかわらず、神前に出ることにより神罰をこうむることもあります。

また、明治の頃に山形の宥明上人が、度重なる災厄に見舞われている家主からの相談をうけ、それは家主の家の崖下に小さな神社があり、それがちょうどその家のトイレの真下にあることから神罰を被っているのだと教えられたという話もあります。

 

その他、水神(池、井戸、水場の精霊)、火神(荒神)、木神(神木や古木に宿る精霊)、土地神に不敬をはたらいた場合、恐ろしい神罰をこうむることがありますので気をつけましょう。

 

お稲荷さまも霊験あらたかですが、代替わりしてお祀りが粗末になったり、放置しておくなどの不敬があると家運を非常に悪くするケースも多いと思います。そのような場合は、よく懺悔反省して、一心にお祀りしなおすとあらためてお守りいただけるでしょう。しかし、どうしても祀りきれない場合は、本宮(ご分霊いただいた神社)へお願いして丁重にお戻りいただくことです。

 

仏罰としては、仏像を自宅に持ち込んで粗末にしている場合や、仏さまに願掛けをした際の約束をまもらなかった場合に仏さまの眷属(諸天善神、鬼神、他)が罰をあたえることがあります。