縁日を大切に

仏さまもご先祖さまも、ご縁の深い縁日というものがあり、その日にお参りすることはとてもよい功徳になります。

仏さまの縁日は、観音さまは17日と18日、お大師さまは21日、お地蔵さまは24日、お不動さまは28日などです。

また、お大師さまには、21日の他に、毎月1日づつ、参拝日とお茶湯日という日があり、3年と3月の間、欠かさずに参拝するなら、どんな願いもかなえていただけるという信仰もあります。ちなみにわたしも、今年からさせていただいています。

縁日への参拝は、自分の都合よりも、仏さまを最優先するという意思表示でもあると思います。

なにより、まずは「仏さまを立てる」姿勢、その心構えに仏さまが感動されるということが、仏さまと仲良くなる、味方になっていただく秘訣なのでしょうし、それが縁日の秘密かと。仏さまとのご縁、絆を強め、深める日、それが縁日ですね。

 

また、ご先祖さまは、お亡くなりになられた命日が縁日になりますので、命日にはお墓参りや、お家の仏壇をきれいに飾ったり、お供えものをしてご供養するととても喜ばれます。

命日は、ご先祖さまにとって霊界に生まれかわった誕生日ですから、忘れ去られてしまうのはとても悲しいことなのです。

ぜひ、出来うるかぎり、ご先祖さま方の命日を調べて、ご供養していただきたいと思います。ご供養いただいたご先祖さまの喜びは、そのまま子孫の喜びにつながってゆきますので、きっと良いことがありますよ。

先祖が怒れば、子孫は苛む。先祖が喜べは、子孫は慶ぶ。

神秘家の間では、まずあの世に起きたことが、しばらくして、この世に下りてくるといわれます。

たとえば仁王経には、「国乱れるときはまず鬼神乱る。鬼神乱るゆえに万民乱れ、賊来たりて国を侵し・・・」とあるように、鬼神という霊的存在が騒ぎだすと、この人間世界が乱れるとされ、その反対もしかりです。

あの世とこの世は裏表。

先祖と子孫は以心伝心です。

仏さま、ご先祖さまを大切することが、人生の、運命の改善になります。

 

 

 

弘法大師のご宝号

 真言宗の開祖 弘法大師 空海さまのご宝号は「南無大師遍照金剛」です。

 

「南無大師」とは、心から弘法大師に帰依して仕え、捧げること

遍照金剛」とは、真言宗のご本尊にして、大宇宙の生命そのものである大日如来の別名であり、また、弘法大師の別名です。

 

つまり、大日如来弘法大師は同体(即身成仏)であり、このご宝号を一心にお唱えすることによって、弘法大師大日如来、そして、大日如来とともにあるすべての諸仏諸菩薩がお唱えした方のもとに招請され、お力を与えてくださる(お加持)のです。

 

この宝号は、あまりにも短く、真言でもないし、単純な念仏ですので、わたしはこれまで軽視していたところがあったのですが、いまは朝晩、108遍づつお唱えして、お大師さまのお加持をいただけていることを強く実感しています。

ことに、四国八十八カ所霊場の巡礼を一周終えたときから、この宝号をお唱えすると、本当にお大師さまが見守ってくださっているなあと感じるようになりました。

 

観音さまも、観音経において、「一心にわが名を呼ぶならば、すぐにその音声を感得して、あらゆる苦難から救ってやろう」とおっしゃっておられます。

 

古来、多くの霊験が伝わる「般若心経」や「延命十句観音経」、「高王白衣観音経」も、先ず、お経の冒頭には観音さまのお名前を呼んでいます。

 

また、弘法大師和讃に、「ひたすら大師の宝号を 行住坐臥に唱うれば 加持の功力も顕らかに 仏の徳を現ずべし」ともあります。

 

お大師さまも、観音さまも、そのお力をいただきたいと願うなら、まずは一心にそのお名前をお唱えすることからはじまると思います。

 

 

 

 

次に「4,心や言葉からくるもの」は、意識・無意識にかかわらず、普段から思っていることは現実化してゆくため、マイナス的な思いが災厄につながることがあります。

また、同様に、普段から発する言葉にも現実化する力があり、マイナスの言葉を多用することは運気を下げ、災厄をまねくことにつながりやすいでしょう。

 

「思うことは実現する」とよくいわれますが、くりかえし、具体的に強くイメージすることは、表面意識から潜在意識へ、さらには深層意識へ沈殿してゆき、その無意識の心がもつ不思議な形成力によって現実化されてゆくものと思われます。

 

心理学でいわれるところの「後催眠暗示」の応用でもありますが、この無意識とよばれる心はとても不思議なエネルギーを持っており、現代の深層心理学でも解明しきれない分野ですが、わたし的には究極において、宇宙と霊的世界につながっている心だと思っています。

 

心の世界、つまり目には見えない世界ですので、科学的・論理的に説明しきれないでしょうが、だれもが経験的に「思う」ことの重要性は知覚しているのではないでしょうか。

良いことを思えば良い現象があらわれ、悪いことを思えば悪い出来事があらわれる。

大なり小なり、影響は必ずあるものですので、できるだけ吉祥をまねくような思いを心がけましょう。

 

次に「言葉」ですが、タレントのゴルゴ松本さんは、この言葉のもつ力について、「叶(かな)う」という言葉を参考にして、とてもわかりやすく説明されています。

以前、言葉のもつ波動について研究した本がベストセラーにもなりましたが、言葉は「響き(バイブレーション)」であり、振動となってあらゆる存在に働きかけるエネルギーです。

 

弘法大師は、「声字実相義」のなかで、「五大みな響あり」と説かれています。

五大、すなわち森羅万象のすべてはバイブレーションだというのです。振動は、同波長の振動と共鳴することによって、さらに大きなエネルギーに変化しますので、マイナスの言葉は、他のマイナスの思念や言葉と同調しやすく、その共鳴がより大きなマイナスのエネルギー(調和を乱すもの)となって、発信元の本人にかえってくるものといえます。

 

特に日本は、むかしから「言霊の幸う國」といわれるように、言葉に対する感覚が他国よりも発達しており、それだけ言葉からうける影響が強いと思われます。

特に宗教では、言葉による様々な祈りの技法が発達し、仏教では「真言」や「念仏」による救いが説かれ、神道では祝詞」が神々と感応する重要な言葉となっています。

日本古来の修験道でも、様々な秘法の根幹として「言葉」があり、それら言葉の使い方によって活殺自在の通力をあらわすといわれています。

 

「口は災いのもと」、「衆口、金を溶かし、舌鉄、ひとを刺す」

 

ゆめゆめ言葉使いには気をつけましょう。

 

「厄」そのものの主な要因 「3,環境からくるもの」については、実際の周辺環境(ご近所の人間関係、低周波、騒音、衛生状態など)をはじめ、家相(家屋の形状、方角の状態、家内や敷地の問題)・方災(方角からくる影響)・地相(日当たり、湿度、過去の経歴、他)によるものがあります。

 

実際の周辺環境とは、ご近所の人間関係にトラブルなどある場合、精神的ストレスや相手の念を大なり小なり受けることや、低周波、騒音により心身の音(リズム)が乱れること、衛生状態では不浄な環境が不浄な波長をよぶことなどで、心身と運気が乱れ、慢性的もしくは、突発的な不運に見舞われることがあります。

 

家相は、まず家の形による影響(方角の欠けや出っ張り)があります。形状の持つエネルギーについては最近になって研究がすすめられているようですが、たしかに円形の樽に入れていた酒を四角い容器に入れ替えると味が変わってしまうことや、科学的にも証明されているピラミッド・パワーの現象もあり、無視できないところだと思います。

また、家の形状によっては、他から発している振動と共鳴して、その振動数によっては心身に不調をきたすこともあります。

低周波の研究には危険をともなうことが多く、実験過程で死者(低周波を発するホルンを製造して、実験者に吹奏させたところ、その発せられた低周波によって実験者の内臓が破壊され即死したという事例)も出ていますので、なかなか難しい分野のようです。

 

方角は、科学的に解明は進んでおりませんが、多くの事例からみて、たしかに方角による障りはあると思います。方角をもちいて吉凶を招く占術では、九星術奇門遁甲などが有名ですが、大変興味深い話が多くあります。

 

家内・敷地の問題では、家内に使用している素材(木材・置物など)に問題がある場合や、敷地内にある石や植物、祠などに問題がある場合があります。

 

地相では、その土地が以前、どのように使用されていたか(墓地跡、寺社跡、田んぼ跡、池や井戸の埋め立て、先住者によるトラブルの有無など)や、日当たりの状態(どの方角から陽が当たるかも)、湿度の有無、問題ある埋蔵物、地形から受ける影響などがあります。

 

 

 

次に、「動物霊によるもの」ですが、動物に対して虐待的な方法で苦しめた場合、殺した場合に受けることがあるようです。

例として、職業上、鶏の首をしめあげて殺して販売し生計を立てていた人の孫にてんかん病となって現れたケース、猟友会の一員として野生の鹿を射殺(子連れの鹿であったが親のみ射殺)した後、射手の人の片目から原因不明の涙が止まらなくなったケース、ショウジョウバエの眼を研究するため毎日、数百匹のショウジョウバエを実験用に殺していた研究者が眼の難病に苦しんだケース、町中のネコを見つけ次第、殺していた男が脾臓の難病に苦しんだケース、その他、動物例の祟りとして代表的な狐、蛇、狸による話はよく知られるところです。

 

また、池や不浄な水たまりなどには、低級な動物霊が水を好んで集まってくるため、注意する必要があります。自宅の庭などに池があるお家は、そのような理由から動物霊の影響を受ける場合がありますので気をつけましょう。

 

もし、生き物を直接、殺生して生活しなければならない職業の方は、年に一度は、霊の慰霊祭などの法要をおこなって懇ろに供養することが大切です。

 

 

 

次に「4,神仏によるもの」ですが、この場合、災いではなく「戒(いまし)め」や「霊性開眼」のためのものと、神仏への不敬からくる「罰」があるようです。

たとえば、私の師筋の修行者で、一般の方から龍神のご尊像の魂抜きを依頼され、これくらいは・・と軽い気持ちで引き受けたときのことです。ご尊像を火にくべてお焚き上げしつつ九字を切ったところ、火にはぜた龍神の鱗がその方の眼のすぐ側に飛んできて危うく失明するところだったそうです。そのとき、自身のおごりから法を軽んずる傲慢心を龍神さまがきびしく戒められたものであると直感し、これを機に法への狎れを深く反省し、正しき道へ立ち返ることができたということです。

 

また、災いではありませんが、特定の人物に対して神仏が難病や大難をあたえ、その克服の過程において霊性を開眼されるケース(香園寺再興の前住職、臨済宗 山本玄峰老師、油井真砂尼、他)もまれにあります。

 

神仏への不敬からくる「罰」においては、物忌みやその他の不浄があるにもかかわらず、神前に出ることにより神罰をこうむることもあります。

また、明治の頃に山形の宥明上人が、度重なる災厄に見舞われている家主からの相談をうけ、それは家主の家の崖下に小さな神社があり、それがちょうどその家のトイレの真下にあることから神罰を被っているのだと教えられたという話もあります。

 

その他、水神(池、井戸、水場の精霊)、火神(荒神)、木神(神木や古木に宿る精霊)、土地神に不敬をはたらいた場合、恐ろしい神罰をこうむることがありますので気をつけましょう。

 

お稲荷さまも霊験あらたかですが、代替わりしてお祀りが粗末になったり、放置しておくなどの不敬があると家運を非常に悪くするケースも多いと思います。そのような場合は、よく懺悔反省して、一心にお祀りしなおすとあらためてお守りいただけるでしょう。しかし、どうしても祀りきれない場合は、本宮(ご分霊いただいた神社)へお願いして丁重にお戻りいただくことです。

 

仏罰としては、仏像を自宅に持ち込んで粗末にしている場合や、仏さまに願掛けをした際の約束をまもらなかった場合に仏さまの眷属(諸天善神、鬼神、他)が罰をあたえることがあります。

 

 

 

 

厄除け その5

次に「3,生き霊によるもの」ですが、多数の人々から強く恨まれたりする場合に突発的な災いに遭うことがあり、また本人だけでなく、家族に影響が出ることもあります。

 なかなか、人から恨まれずに生きるということは難しいと思いますが、逆恨みも含めて生き霊の影響は意外と怖いものです。

 また、多数の人々からでなく、生まれつきのテレパシー性質や、特殊な鍛錬よって強い念力を持つ人物(武道家や行者など)からの個人的な影響を受けるケースもあります。

以前、あるジャーナリストが、カリスマ柔道家木村政彦氏にプロレスラー 力道山との思い出について取材した際、プロレス興行当時、力道山にだまされて大敗し、以来、自身の額に「怨」の文字を念じて力道山を呪いつづけていたところ、力道山が暴漢に襲われ刺殺されたのだという。ジャーナリストは、「それは偶然ではないのか?」と聞くと、「では君も同じように念じてみようか?」と木村氏いわれ、びびって逃げるように引き上げたそうです。

また、生き霊の念というのは、無意識に発動する場合もあるようです。以前、ある地方の営業所にいたとき、知人が車で訪問してきたのですが、知人が部屋に入るなり、営業所のおじさん(少し変わった人です)が、「外の駐車場でもう一人、女性が待ってるよ」といいました。わたしは、「は?」と思いましたが、知人はびっくりして、「実は妹が一緒に行きたいといっていたのだが、急用で行けなくなってしまったので、もしかしたら妹が見えるのかも?」といってました。その時点で妹さんは、急用に追われていたのですが、行きたかったなあという思いが無意識に生き霊となって営業所にあらわれたのではないかと思われます。

 生き霊を避ける、または普段から防ぐ仏教の法としては、観音信仰があります。観音さまの功徳を伝える法華経 普門品、いわゆる「観音経」の中に、「呪詛諸毒薬 所欲害身者 念彼観音力 還著於本人」(呪いや毒などを用いて、あなたを傷害しようとする者がいても 彼の観音菩薩を念じるなら 害をはねのけて返してしまうので実害はなくなる」とあります。

 せちがらい世の中、どうぞ、観音経を念じて思わぬ災いから身を守りましょう。